退職勧奨

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別の道へ進んでいただきたい

会社の業績不振からリストラが始まった。新社長からレターが届いた。
現在の状況は厳しく来年以降も受注残の状況から売り上げが見込めない。会社のスリム化が必要という内容だったと記憶している。
レターの配布の翌週から全員と面談が始まった。複数人は面談後悲壮感、怒りを伴って部屋から出てきた。リストラを宣告されたのだと悟った。

自分もリストラの一人だろうと思っていた。業務量に対して給料が高すぎると思っていたし、明らかにこの部は人員過剰であった。私の仕事は今いる人間に割り振って対応可能だろうと思っていた。
リストラを宣告された場合、受け入れるつもりでいた。

面談日となった。あなたには別の道を進んでいただきたい。管理部長から宣告された。退職勧奨だ。

この勧告は強制ではないと最初に告げられた。ただ、会社に残る選択をした場合でも今の部署ではなく、機械の修理部門へ給料を下げ異動ということだった。

機械の修理は専門のエンジニアが行う。素人が異動してできる仕事ではない。
実質は会社を辞めろということだ。こういった脅し文句に辟易した。
いやらしさを感じ呆れた。

会社を辞めるとした場合は約三カ月分の給与を解決金として支払うということだった。
その場では回答せず持ち帰ることにした。回答期限は一週間。

弁護士

会社都合退職の一時金について調べてみた。相場は6~12カ月というのが多かった。
会社から提示された3カ月というのは少なく思えた。自分一人では埒が明かず弁護士に相談することにした。

弁護士に相談する選択は正しかった。

初回相談無料の事務所へ足を運んだ。
弁護士曰く最低でも6カ月はとれると回答を得た。やはり専門家からの回答は自信につながる。
会社へは7カ月の解決金で手を打つと交渉することに決めた。ネゴがはいったとして6カ月が妥結点だ。

会社と再度面談、交渉の席に着いた。

7カ月の提示にその場で承諾を得ることはできなかった。
ただ、弁護士に相談していることを話すと顔色が変わった。
こういうのをカウンターオファーというんですよ。わかりました。確認して再度ご連絡します。
こう言い残し、翌週再度面談となった。この会の面談は10分程だ。

再々交渉。会社の回答は6カ月だった。これ以上は受け入れられず、私が承知しないならば会社も弁護士と話をするという脅し付きだ。
妥結点の6カ月の回答を得ることができたし、だらだらと交渉することも意味がないと思い、その日に6カ月の解決金で会社を去る返事をした。

今回の退職勧奨で会社を去る人が10人ほどいた。
一週間ほどで引継ぎをし、数人にだけ挨拶を済ませ事務所を去った。丸々一カ月あった有給を消化したため、退職日は事務所を去った翌月末だ。

家族の反応

退職勧奨を受けて数週間で去ったので当然次の就職先は決まっていない。

ただ、自分の気持ちは晴れやかだった。やっと解放された。リストラという形だけれども。
次は決まる気がした。執着は捨てていたから。

妻はゆっくり探したらいいと言ってくれた。内心は不安だったと思う。
時期は年末。親兄弟と会った。
姉には意味不明な説教をされた。母には公務員を勧められた。父は爆笑していた。

誰も彼も耳障りだった。俺が何か悪いことをしたのか?一区切りしたことを労ってくれる人はいなかった。

兎に角、一区切りついたのだ。次に進むしかない。

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この記事を書いた人

1986年生まれ。小学生頃から多汗症に悩まされる。中学以降多汗症及び赤面症により人目が気になる。HSP気質が増長される。
大学3年冬に右側の多汗症ETS手術を実施。2年後に左側も施術。
社会人になり、メニュエール病、適応障害を経験。普通の生活に不自由を感じ、それらの経験の記録の為ブログを始める。2児の父。

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