2度目の転職

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決まらない理由

入社一年で二度目の転職を決意する。この会社で営業という仕事が嫌になったため、異動した物流での就業を希望し、エージェントと面談した。

一年という短期であること、物流での業務経験が乏しいことからあまり求人を紹介してもらえなかった。
物流で紹介されるものはどれも現職より年収が低いものだった。合わせて営業の求人も紹介された。
正直、自分でも何がやりたいのか、どうしたいのかがはっきりしていなかった。
とりあえず、今の会社の上層部が信用できないことから、この職場を離れたい一心であった。

固執

自分は何も手放せずにいた。
この会社は給料は良かった。また業務時間も短かった。7時間勤務だった。

人間関係は最悪だったが、それらは他社と比較してよかったものだから手放せなかった。

転職先にも同様の待遇を求めてしまった。

何も捨てられないのに。
結局、怒りと憎しみを抱えながら会社に留まることにした。経験値を積んでから転職することにしたのだ。

慣れ

会社は嫌いだった。ただ、残業がほとんどなく、勤務時間も7時間と短い会社だったため続けられた。
会社は金を稼ぐだけの場だった。親しい人間もいない。

異動した先にも社歴の長い人間から嫌がらせを受けた。私だけではない。その者についた派遣のアシスタントは皆辞めていった。
派遣会社から会社に注意が入った。その物にはアシスタントを付けないことになったが、そのしわ寄せがこちらにきた。

この会社に何を言っても無駄なことは身をもって体験しているから関わらないことにした。

おかしな会社にはおかしな人間が複数いる。だから人が辞めていく。だから客が離れていく。物事には理由があるのだ。

怒りと憎しみも時間とともに低減した。いや、減ったというよりも感情に蓋をしていた。蓋をして、なるべくおかしな人間と距離をとった。そうすることで業務量の少ない短時間労働で済むこの会社で金を稼ぐことができた。
激務で長時間労働の会社ならば働き続けることはできなかっただろう。結局5年半ほど勤めた。

飽き

仕事には正直飽きた。同じような作業を繰り返す。金を稼ぐ為と割り切っていたが、この頃にはやりがいを求めていた。
今ある待遇は捨てられる状態にあった。

会社は赤字を垂れ流し続けていた。経営再建の為、社長が外部からスカウトされた。
経営状態にふさわしくない人件費にメスが入った。
リストラが始まった。

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この記事を書いた人

1986年生まれ。小学生頃から多汗症に悩まされる。中学以降多汗症及び赤面症により人目が気になる。HSP気質が増長される。
大学3年冬に右側の多汗症ETS手術を実施。2年後に左側も施術。
社会人になり、メニュエール病、適応障害を経験。普通の生活に不自由を感じ、それらの経験の記録の為ブログを始める。2児の父。

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